ai's story

〜意識の探求者〜

腹くくってますか?

私はこれまでの人生、自分の人生を意図的に創ってきた、という感覚で生きてきてはいませんでした。

なんとなく流されてきた、という感じです。

もちろん、社会人になってから専門学校に行ったり、就職先なども、自分で決めて、それに向かって行動して達成された、ということもスポット的にはありましたが。

行動する時は圧倒的に、「やりたい」より「やった方が良いかな」「やらなくては、、」という動機の方が多かったです。

 

でも現実が動く時って、腹を括った時なんです。

私、ぜんぜん自分で決めた人生を歩んでいませんでした。

だって人生なんてそんなもんでしょ、と思ってましたw

 

 

「腹」なんです!

 

日本語って面白いなぁと思うのは、「腹」を使った慣用句がたくさんあるんですよね。

 

 腹を括る

 腹を据える

 腹に落ちる

 腹を割る

 腹を探る   etc...

 

この「腹」という言葉は、人の本当のところ、本心、真の自分というような意味合いで使われてますよね。

 

意識と現実の関係でいうと、頭で考えていても現実は変わりません。

何かを理解する時も、頭での理解だけでは、「分かったような気がする」んです。

占いで、「あなたは○○です」などと言われても、「ふ~ん、、」で終わります。

本当に解るときは、「腹落ち」します。

自分がそのタイミングで本当に必要なことは、「そうだ!それだ!」となるはずです。

 

 

変わりたい、変えたいことがあっても、それが頭で考えたこと、

「こうした方が良いかな」とか「そうなれたらな~」

という程度では変わりません。

ちゃんと「こうなる!」と決めてください。

腹を括ってください。

すると初めて現実が動き始めます。

頭で考えて動いているうちに、「これだ」という感覚が分かってくることはあるので、とりあえず動いてみる、というのはおススメです。

 

腹落ちする感覚、腹を括る感覚に耳を澄ませてくださいね。

 

 

 

話を聴くということ

人の話を聴くとはどういうことか、ネットにはたくさんのマニュアルがあるようですが、正解はありません。

 

私は精神科でたくさんの相談を受けてきましたが、それぞれのケースに同じマニュアルが適用されるはずはありません。

時折、死にたいと言われたらどうしますか?と聞かれることがありましたが、それこそ「そんな時はね〜〜したら良いですよ」なんて答えは存在しません。

 

まずは、相手がなぜ今その話を私にしてくれるのか、という視点が必要です。

アドバイスが欲しいのか、共感してほしいのか、背中を推しでほしいのか、ただ吐き出したいのか……

 

 

アドバイスっている?

 

人の話を聞きながら、アドバイスしたくなる人とか、相手の話の途中で分かった気になって割り込む人がいますが、そこには相手が何を欲しているかという視点がないですよね。

 

アドバイスをしたいのは自分です。

相手がそれを聞きたいかどうかは別なんです。

「相手のために」というのはエゴです。

アドバイスをするなら、自分が言いたいから言う、と自覚してください。

例え言いたくても、相手のペースを考えると今は言うタイミングではないな、ということもあります。

自分の中に「言いたい」という感情があることに気付いていてください。

 

相手のことが分かった、と思うこともエゴです。

本当の意味で相手を理解できることなどありません。

だからこそ、分かろうという姿勢が必要なのです。

ただ、相手が言わんとすることが分かった、という時は、こういうこと?と確認することはあります。

 

 

答えは自分の中にある

 

アドバイスされたことは、「なるほど、、」と頭で理解していても人はなかなか受け入れられません。

或いは、分かったような気になりますが、響いてはいないことが大半です。

本当に解るときは、「腹落ち」するのです。

「腑に落ちる」とも言います。

つまり、頭ではなく「腹」なのです。

 

いくら答えを求めて本を読んでも、人からアドバイスされても、「腹落ち」しなければ自分のモノにはなりません。

その意味では、人は自分の中にすべての答えを持っているのです。

 

相談を受けるとき、相手は自分で答えを出せる、と信じる視点はとても大切だと思います。

「私がアドバイスしてあげなくてはならない人」という視点で見ていると、相手は自分の中の答えには辿り着けません。

 

相手の考えや行動に対して「それは~~だ」とジャッジすることも、相手の考えや行動を否定することになるので、相手は無意識に構えてしまいます。

本当に話を聞くことができる人って、相手が無防備になって自分の中の答えを見つけられる安心感を抱かせるのでしょうね。

 

相手に興味を持って一生懸命に聞く、という姿勢は伝わります。

傾聴の仕方などのスキルを学んでも、この姿勢がないと本末転倒です。

その「やり方」を意識することで話を聞く姿勢が少しでも損なわれるなら、形だけのスキルなど気にしなくても良いと思います。

 

 

最後に、ミヒャエル・エンデ著『モモ』からの抜粋をご紹介します。

私はモモのようでありたいと思います。

 

モモがものすごく頭がよくて、なにを相談されても、いい考えをおしえてあげられたからでしょうか?なぐさめてほしい人に、心にしみることばを言ってあげられたからでしょうか?なにについても、賢明でただしい判断をくだせたからでしょうか?

ちがうのです。

 

小さなモモにできたこと、それはほかでもありません、あいての話を聞くことでした。なあんだ、そんなこと、とみなさんは言うでしょうね。話を聞くなんて、だれにだってできるじゃないかって。

でもそれはまちがいです。ほんとうに聞くことのできる人は、めったにいないものです。

 

モモに話を聞いてもらっていると、どうしてよいかわからずに思いまよっていた人は、きゅうにじぶんの意志がはっきりしてきます。ひっこみじあんの人には、きゅうに目のまえがひらけ、勇気が出てきます。不幸な人、なやみのある人には、希望とあかるさがわいてきます。

 

子どもと向き合うとは 

ある3歳と6歳の姉妹が、2人でなぞなぞを創って母さんに出しました。

お母さんが考えていると、下の子が耳もとでこっそり答えを教えました。

上の子は激怒りです。

一生懸命に考えたなぞなぞが、台無しになってしまったのですから。

お母さんも、下の子のルール違反を叱りました。

でもその後で、なぜそんなことをしたのか聞きました。

するとその子は

「お母さんに喜んでほしかっらから」

と言いました。

 

その子は、自分が正解したらとっても嬉しくて楽しくなるそうです。

だからお母さんにもそんな気持ちになって欲しかったんですね。

 

でも、その理由を聞かずにルール違反を叱るだけで終わっていたら、その子の「お母さんに喜んでほしい」という気持ちはどこに行くのでしょう?

大好きなお母さんのためにした行動が、そのお母さんに叱られる、という結果で終わってしまうのです。

 

ストレスフリーな子育て

 

長年私の髪を担当してくださっている美容師さんは、子育てのストレスが一切ない、といつも言います。

その子供さんが4歳のお誕生日に書いたママ宛の手紙には、

「うんでくれてありがとう」

とあったそうで、今でも大切な宝物だそうです。

そりゃあ宝物でしょうが、、、なんとできた子でしょう!

 

その美容師さんは特別な子育ては何もしてない、と言います。

ただ一つ、話せるようになったころから毎日続けていることがあるそうです。

それは、子どもの話を聞くこと。

毎晩必ず時間を作って、その日にあったことや感じたことを聞くそうです。

家事をしながら聞く、とかではなく、ちゃんと向き合って聞くのです。

もちろん、はじめは上手く話せないし、自分の気持ちもよく分かっていません。

そこは上手く誘導しながら、何が言いたいのかを聞き出すのです。

その子が言ったことに対して、「そうなんだね~」と聞くだけです。

「こうすれば良かった」とか「それではお友達がかわいそう」みたいなジャッジはしません。

だから子どもは完全に無防備になって、すべてをさらけ出せるのです。

そして、したいことやして欲しいことがあれば、ちゃんと言葉にして伝えることができるようになります。

そうなれば、親も子も、お互いに楽ですよね。

 

その子は出来事や感じていることを、言葉を探しながら一生懸命に話す。

親は一生懸命に聴く。

 

これって意外にできてない親が多いと思います。

つい大人は意見を言いたくなるんですよね。

もとろん、子どもが困っていたり、相談してきたら別です。

こはちゃんと向き合う必要があります。

でも、そうでなければ、子どもは子どもなりに答えを探すんです。

それは遠回りな道のりかもしれないし、大人からみたら効率が悪いかもしれません。

そりゃ、生きている経験年数が違いますからw

その経験年数を生かして、忍耐強く子どもの話を引き出してください。

 

 

抑圧とモヤモヤ

 

冒頭に出した、なぞなぞの答えをこっそり耳打ちした子どもの話に戻ります。

叱られて終わってしまったら、「お母さんに喜んでほしい」という最初に生まれた気持ちは落胆に変わります。

そして次第に、無意識に感情を抑圧するようになります。

大人の都合で、叱られたり、伝わらなかったりして落胆するのは辛いですから。

そうして抑圧することに慣れていくと、自分が何を感じているのか分からなくなり、モヤモヤすることが増えます。

思春期の爆発の材料はここにあると思います。

もちろん、ホルモンバランスや身体の変化もあるので一概には言えませんが。

 

モヤモヤって、自分が今、何を感じているかが分からないから起こるんです。

深いところの自分の気持ちに気付けるようになっていけば、モヤモヤってどんどんなくなっていきます。

 

子どもがモヤモヤを抱えないよう、一生懸命に話を聞いてあげてください。

 

 

 

抵抗と依存を手放す ~うつ病を例に~

私は精神保健福祉士として、精神科の診療所などで働いていました。

精神科には、何年も何十年も通い続ける方が多くおられました。

もちろん、回復していく方もおられます。

 

私自身もうつ病だった時期があります。

しんどい時はトイレに行くのもやっとたったので、水分摂取も控えて寝ていました。

正直、あの頃の記憶はあまりないです。

そして数年前まで睡眠薬を飲み続けていました。

今や、そんなこともあったね~、という話ですけどw

 

 

うつ病、回復する人としない人の違い

 

 

症状を主観と客観から見ると、自分も含めて、回復する人って何が違うのか分かってきました。

 

 

この世界の原則の一つが「すべては流れている」ということです。

抑うつの状態だけでなく、全てのことは流れに身を任せていれば変わっていくのです。

 

その状況に抵抗してる、または依存していると流れは止まります。

 

  嫌だなぁ、、辛いなぁ。。

  なんでこんなことになるんだ!

  こんなことも出来ないなんて、なんてダメな人間なんだ、、

  家族に心配ばかりかけて、、早く何とかしないと(焦り💦)

 

これらの想いは抵抗です。

 

 

或いは、自分でははっきり認識していなくても、

 

  治ったら働かないと、、でもまたしんどくななぁ

  病気だと家族が優しくしてくれる(ちょっと嬉)

  

これらは今の状態が自分にとって何らかのメリットがあると感じているわけです。

つまり、今の状態に依存している、ということです。

 

 

かと言って、感情を我慢したり、想いを抑え込まないでくださいね。

 

肝心なのは、「諦め」です(笑)

ただ現状を受け入れる、ということ。

焦って治癒するものではありません。

「これではだめだ」「こうしなければ」という気持ちを手放して、症状を観察してください。

 

不安な気持ちになるのも、自分がダメ人間のように思えるのも、「症状」です。

ネガティブ思考が出たら、

「めっちゃ自分を責めてるな、、出たな!症状!!」

くらいが良いのです。

 

そして、どんな時に症状が出るのかを観察してください。

 

 

頭であれこれ考える時間を減らしてください。

瞑想をして考えを手放す、自律訓練法で身体に意識を向けるなどしてみてください。

 

 

症状に巻き込まれないことが大事です。

 

 

回復を信じる

 

 

もう一つは、自分は回復すると信じることも大切です。

もちろん疑いたくなる時もあるんですけど。

私は回復する患者さんも見てきているので、うつ病が治る病気であることを知っていました。

SNSなんかでは、うつ病は治らない病気、と定義している人たちもいます。

 

自分は治らないんだ、と思ったら治りません。

もちろん、潜在的に治りたくないと思っている人も同じです。

 

 

現状を変えたいなら

 

 

うつ病などの症状に限らず、望ましくない現実が続いているときは、それに対する抵抗や依存が潜んでいることが多いです。

それは執着とも言います。

 

そして、自分はこの現状を変える、としっかり腹を括れていないからその状況が続いているのです。

 

今、自分にどんな気持ちがあるのか、注意深く観察し、気づいてください。

瞑想を続けていると手放しやすくなります。

 

または、アバターコースを受けるのが一番の近道です。

 

 

 

 

自分と向き合うには

今日はとても実践的で分かりやすいお話をしたいと思います。

 

実は私は精神保健福祉士として精神科の医療機関等で15年ほどソーシャルワーカーをしていました。

精神医学や心理学はそれなりに勉強もしたし、現場での症例もたくさん見てきました。

そして今は、意識についても学び、実践しています。

 

今日は、スピリチュアルでも良く言われる、「自分と向き合う」ための一つの方法をご紹介します。

 

 

 

アルバート・エリスのABC理論

 

エリスのABC理論

 

例) ○○さんが私に「えー!バカじゃん」と言って笑ったので、私は腹が立った。

 

この場合、   

A:出来事 = 〇〇さんが私に向かって「バカじゃん」と言った

C:感情 = 腹が立った

 

ということになります。

 

多くの人は、

〇〇さんが私をバカにしたから腹が立ったんだ、

自分に起こった感情の原因は○○さんにある、と考えます。

 

でも、本当にそうでしょうか?

だとしたら、相手が変わらない限り、この腹立ちはどうしようもありません。

 

「腹が立つ」という感情が起こったのは、「B:価値観・信念」があるからだ、というのがこの理論です。

 

この場合、

B:価値観・信念 = 私は○○さんより優れている

            私は結構優秀な人間だ

 

というようなことでしょうか。

 

 

もしも

B:価値観・信念 = ○○さんはいつも正しい

            私は何をやっても上手くいかない

 

というような想いがあれば、C:感情は、「落ち込む」になっていたでしょう。

 

abc理論 例

 

或いは、大阪人は

アホ = 突っ込み

バカ = 本気の悪口

という感覚があるので怒るかもしれませんwww

 

 

つまり、同じ出来事でも感じ方が違うのは、「B:価値観・信念」があるあからなのです。

自分の価値観や信念がフィルターとなっているため、感情が起こるのです。

 

 

 

自分の価値観や信念に気付きましょう

 

 

「子どもがちっとも言うことをきかない」との苛立ちには、

「子どもは大人の言うことを聞くものだ」という信念がありませんか?

 

日常の中に、自身の価値観に気付ける機会はたくさんあります。

感情が動いたら、まず起こった出来事だけを書き出してみましょう。

出来事はそれ以上でも以下でもありません。

ただ起こるだけです。

それに対してどんな感情を持つかは自由なのです。

 

なのにいつの間にか設定したフィルターのせいで、

好ましくない感情に飲み込まれるなんて不自由ですよね。

 

 

腹が立ったことを相手のせいにするのって、自分は被害者でいられるので楽ちんです。

でもそれって、「この怒りは自分ではどうすることもできません」ということです。

つまり、他者次第。

自分の責任を放棄している状態です。

この怒りが自分のどんな価値観からきているのかを探ることは、自分の感情に責任を持つということでもあると思います。

 

 

まずA(出来事)とC(感情)を書き出してみてください。

それからC(価値観・信念)は何だろう…と自分の中を探ってみてください。

 

    A.出来事     (          )

      ↓

    B.価値観・信念  (          )

      ↓

    C.感情      (          )

 

感情が起こるたびにこれを続けていたら、

自分の感情に飲み込まれずに客観的に眺めることができるようになっていきます。

 

 

自分は今、何を感じ、そこにはどんな価値観があるのか。

いつもその視点を持つことが、自分と向き合うことの一つです。

 

 

「今・ここ」と過去生

これまで何回か、過去世について書いてきました。

 

そしてそれらは私の魂が生まれ変わってきた私だけの記憶ではないということもお伝えしました。

 

で、今さらながら、過去とは、過去世とは、というお話です。

 

 

時間と人間の心

 

 

人間の心は、時間を把握するために「過去・現在・未来」という流れを創り出しています。

でも私の感覚では、「すべてが今ここにある」という感じです。

 

この世界は、できた瞬間から、すでに全てが完結していました。

あらゆる時間軸の無数の可能性も、すべてがもう創られているのです。

「今・ここ」にすべてがあります。

人間の心は、過去や未来を創り出して、人生というストーリーとして経験しているのです。

存在する、ということは、時間を創り出すということです。

 

過去や未来も「今・ここ」に無数にある。。。

「今・ここ」が過去や未来を創り出すとも言えます。

 

 

過去生というストーリーの意味

 

 

今を生きている私には、いわゆるメンタルブロックのような規制や価値判断がたくさんたくさんありました。

 

それらはなぜあるのか?どこから来たのか?

の答えの一つが過去生のストーリーでした。

 

例えば、

「目立ちたくない。人の前に立ちたくない」

という想いは、過去生の紛争で亡くなった兵士だった時によるものが大きかったようです。

前線の穴の中で、ここから出たら死ぬ、と怯えていました。

恐怖でいっぱいでした。

 

でもそれらは「今」の私が創り出した過去のお話。

 

「今」あるのは「目立ちたくない」という想いです。

この想いの成り立ちとして出てきたのが内戦でなくなった兵士。

別に他のストーリーでも良かったのかもしれませんw

 

「目立ちたくない」という想いが「今」を生きる上で妨げになっているのであれば、別に過去世を知らなくても、その想いのエネルギーを消滅させれば良いのです。

 

そのやり方はいろいろあるとは思いますが、アバターコースを受けることは近道だと思います。

 

宇宙人的感情と人間の醍醐味

宇宙人、地球にて

 

少し前のことですが、マヤ展に行きました。

 

テレビなどでの特集を見ているとゾワゾワしてたので、人間ではないときに関わってたんだろうとは思っていました。

 

そして実際、会場を廻っていると思いのほか早い段階で、胸がいっぱいになって涙が出てきました。

平日で人は少なく、ひっそりと、、(笑)

 

私は宇宙の暦を教えていました。

私は人間を、人間の営みを愛していたのに、人間同士は争い、愛した人々が生贄として死んでいく。

死そのものは生の裏の状態というだけ。

でも、想いを遺し、死してなおこの世に留まる魂は痛ましくて苦しい。

 

私はそんなつもりで地球にきたんじゃない。
こんな感情は知らない。
胸が痛い。苦しい。。。

辛い感情でした。

 

人間のエゴを増大させようとする、私たちとは別の勢力も地球には存在します。

他の種族とは合わない!嫌いだ!

とも思ってました。

 

そんないろんな感情を知ることが「辛かった~!」という想いも持っていました。

 

人間になる前からいろんな感情を抱えていたようですw

 

 

人間の醍醐味

 

やはり感情というのはやっかいなんですね。

でも、幅の広い感情を持てるのも、人間の特権!

 

地球に来る前は、多幸感に溢れていました。

いつまでも。。。。

 

 

退屈です、、

退屈という感情があったわけではないですがw

 

 

幸せとは感じられない状態を知っているから、自分は幸せだと感じられるんです。

苦しさや悲しみを知っているから、人の優しさに気付けるんです。

 

その両方を味わえる!人間の醍醐味ですね♬